2021/10/02 女を幸せにできる男になる思春期男子の育て方

《エピソード1》
私が家に帰ると、ネコ三匹が玄関まで次々にお出迎えにくる。
次いで、中3息子がネコやアホの子になりきって変顔と変な動きと声で「おかえり〜」ってお出迎えにくる。
夜に息子がいる時に帰宅すると、ほぼ毎回だ。
ちゃ「ただいまぁぁぁぁ、お迎えちたの?いい子だねぇ。」と言いながら、ネコと同じようになでなでする。
突然ツン顔になり去って行く息子。
 
《エピソード2》
寝る前に、息子が少しうつむいてキラキラお目々のはにかんだ乙女な表情で両手を広げて「ねえ💛ハグして💛」って言ってくる。
私も同じくはにかんだ表情で両手を広げて、ハグに応じる。
が、互いに違う方向に進むから、一向にハグできないブリキ人形みたいな動きのすれ違いをひとしきりやって、急に冷静になって「おやすみ」って言って去っていく。
たまには、ギューっとハグして「愛してる💛」って超乙女に言って乙女走りで去っていく。
 
《エピソード3》
台所ですれ違うと、ふいに「バックハグ💛」と言って男らしく抱き寄せられる。
私が「ひゃだん💖」って喜ぶと、「からの〜、ニーブラ😤」って言って、首絞めてざまみろって感じで去っていく。
 
とまあ、我が家の親子は会話も笑いもスキンシップもかなり多めな訳です。
思春期真っ只中、しかも受験勉強中の中学生にしては、うちの息子って可愛いし優しいよなー。
 
これって、彼が元から持ってる性質なんかな〜?と思っていました。
んで、こんな息子との恋愛ごっこ的なスキンシップをしながら。
思春期のホルモンのうごめきってあるんだろうなとも感じるの。
どこにもやりようのない性的な欲求が彼の中に起きてきているのは感じる。
その性的な欲求が無意識的に素直にスキンシップと言う形で発露していて、かつ、私に向けられているなとも思うのです。
とりあえず彼女とかいないから、暫定で私にw
 
でもさ、これを向けられた瞬間、私もとまどったし、多くの親は、いけない事だって感じて、スキンシップを避けたり距離を置いたりするだろうなと。
親子は母と子であって、男と女でいてはいけない、って教育の影響だよね。
なんかさ、それがそもそも極端な思想なのよねー。
親子でもあるし、当然、遺伝子には男と女の部分がある訳だから、分断なんてできる訳ないし。
男と女でいる=性的な関係=近親相姦みたいな?
いやいやいやいや、極端すぎるっっっ。
 
みんな、道行く人や職場の男女が性的な関係になってる訳じゃないし、性的な関係じゃなくても、男や女として多様な顔を使い分けながら普通に生活しているじゃん?
だったら親子間でも母と子としてだけいなけりゃならぬって話しじゃないやん。
 
そう思って、多少、ドキドキしながら実験的に息子のスキンシップ多めの甘い会話も受け入れつつ。
男女として変な加速にならないよう、笑いをふんだんに混ぜ込みつつ、同じ調子でおバカに乗りつつ、過ごしてきた訳です。
んでね、最近になって気づいたわ。
この息子の行動、元からの息子の性質もあるけど、やっぱり親の関わりな部分が大きいんだなと。
 
思春期でうごめき出した衝動で、触れ合いの肌の温もりや優しさを感じたいのは当然の事で、でも現実にはまだ彼女なんかがいる段階にない芽生えの時期は、まだ親との愛着のほうが親和性が高いのは当たり前。
だから、その矛先が母親に一時的に発露される事があるのだと思う。
しかし、それを発露しようにも親との心的距離が遠かったり、親が拒絶する反応を示したならば。
子どもはその欲求を消化しきれないまま抱え込む事になるでしょう。
 
抑圧された感覚は、逆に触れ合いやコミュニケーションを拒絶すると言う形に変えて発露されてしまう。
受け入れられなかった体感や感情は、否定的な性概念として子どもの内側に根付き、他者との人間関係の有り様に影響していくのでしょう。
受け入れらるという絶対的信頼感や安全基地の感覚、そして、笑いを交えてコミュニケーションしていく人と共に歩む楽しさ、肯定的な男女の有り様のイメージ像は、やはり親子間を発祥にして磨かれるものなのだ。
 
息子にも、この説を聞いてみた。
ちゃ「ねえねえ、あなたは、とっても優しくて明るくて、一緒にいる人を幸せにしてあげられる男だよね。あなたって素晴らしいよね!」
息子「え💛うん💛ひゃだ💛そんな褒められたら照れちゃう💛」(ハニカミ乙女風リアクション)
ちゃ「でもさ、それって、ママの育て方が良かったんだなって思うのよ。ママすごいなって、そう思わない?」
息子「おっと急展開、そう来たかw」
ちゃ「え、だってそうでしょ?ママがいつも偉そうな親だったり、眉間に皺寄ったヒステリー女だったら、こんな風にハグしたり一緒におふざけできないし、話せないじゃん?多くのお友達がママとはそんな話ししないって言ってるのは、ママがそんなタイプじゃないからでしょ?ママがこんな感じでバカで良かったよね?」
息子「まあ、そうだね。否定はしない、俺はいつも、全肯定。それが俺のスタイル」
ちゃ「ひゃだ💖あんた、それ名言ね。こーゆーやり取りが当然なまんま大人になれたら、君と一緒にいる女は楽しいし幸せだよね。かつてのパパとママみたいな会話のない夫婦になっちゃうよりw」
息子「それは間違いない」
ちゃ「このまま、いい男になって女を幸せにしろよ。」
息子「うん💛僕、いい男になっちゃう」(アホ顔)
 
ってな感じで。
家庭でも男と女としての顔をみせていく。
新しい考え方だなとは思うけど。
男と女をとしてパートナーと生涯幸せな人生を送って欲しいと願うなら、取り入れてみるに越した事はない。
そう思うんだ。
息子みたいな男と一緒にいる女は幸せだし、幸せな女の存在が男の幸せを高めるから。
 
思春期以降の性教育は難しくなんかない。
とってもとっても、楽しいよ。
ちなみにちゃーさんは、息子が中2までの五年間、彼はパパと暮らしていて一緒には暮らしてませんし。
一緒に住んでた頃は母親の顔しか見せていませんでした。(ちょっと面白い母親ではあったと思うけど。)
 
息子にとってこの母親の女露出ぶりは急激な変化でもあったと思う。
私がいつもそんな子育てをしてきたから特別な訳ではなく、いつからでも、こんな風に接する事はできるよ。
母親としての有り様に自分自身が拘りすぎずにいられれば、いつからだって関係は作り直せる。
 
でもさ、まずはママ自体がご機嫌である事を優先したり、女を楽しんでないと、こんな風に子どもの前で振る舞えないよね?
だから、大人の性教育なしに、子どもの性教育なんてなし得ないんだよ。
 
 
 

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